バーチャル日曜学校(2021年5月30日)

◉5月30日(日) バーチャル日曜学校
三位一体主日・聖霊降臨後第1主日

◯山手聖公会は現在礼拝の公開を休止しています。それに伴い日曜学校も臨時休校中です。
バーチャル日曜学校にWEBでご参加ください。

【今日のみ言葉】
・ヨハネによる福音書3章1~16節
さて、ファリサイ派に属する、ニコデモという人がいた。ユダヤ人たちの議員であった。ある夜、イエスのもとに来て言った。「ラビ、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです。」イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」ニコデモは言った。「年をとった者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。『あなたがたは新たに生まれねばならない』とあなたに言ったことに、驚いてはならない。風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」するとニコデモは、「どうして、そんなことがありえましょうか」と言った。イエスは答えて言われた。「あなたはイスラエルの教師でありながら、こんなことが分からないのか。はっきり言っておく。わたしたちは知っていることを語り、見たことを証ししているのに、あなたがたはわたしたちの証しを受け入れない。わたしが地上のことを話しても信じないとすれば、天上のことを話したところで、どうして信じるだろう。 天から降って来た者、すなわち人の子のほかには、天に上った者はだれもいない。そして、モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」


[教えて。校長先生]
★校長先生がみ言葉を分かりやすくお話しします。
この箇所は、イエスさまが一番難しい、でも、一番大切なことを、ニコデモという人に、そしてすべての人に、教えてくださったところです。イエスさまは「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」とおっしゃいました。「新しく生まれる」ってどういうことでしょう? 人間は一度死んだら終わりで、もう一度生まれることなんてあるはずないのではないでしょうか? ニコデモも「どうして、そんなことがありえましょうか」と言ったのは当然ですね。しかしイエスさまは「肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である」と答えました。肉体は死んでも、霊として新しく生まれることはできるとイエスさまはおっしゃるのですね。「霊」とは何かはもうお話ししました。「心の息」でしたね。体は死んでも、神さまを信じる人は霊を呼吸する心は死なないのです。イエスさまと神さまを信じる人は、体は死んでも、霊の世界ではいつまでも死なずに生き続けることができるのです。

【日曜の美(The art of Sunday)】
★アートを通して聖書に親しみましょう。『キリストとニコデモ』
ニコデモは高い地位と教養を持ち、当時のユダヤ社会を指導するファリサイ派の人でもありました。イエスさまの教えには密かに共感していたものの、反感と敵意を持つ他の指導者の手前、わざわざ人目につかない夜を選んで、直接話を聞きにやって来たのでしょう。この後、それまで「隠れた弟子」だったニコデモは、イエスさまを逮捕する動きを公然と非難し、また十字架の処刑後には遺体を引き取って葬りました。この夜の対話が、「もしかすると救い主かもしれない」という微かな希望を、確信に変えたのかもしれません。さて、19世紀後半に活躍したドイツの画家ウーデは、数多くの宗教画を残していますが、その特徴は場面や人物の装いが(ウーデ自身が生きている)現代に設定されていること。違和感はありつつも、あたかも目の前の出来事に立ち会っているようなリアリティを持っています。この絵では、講義を受ける学生と教授が知的な論戦を楽しむかのような、ニコデモとイエスさまを描いています。

キリストとニコデモ“"""


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[教会Tips]
★“知ってなるほど”の豆知識:『オルガン』
教会の音といえば何を想像するでしょうか。礼拝の始まりを知らせる鐘の音はもちろんですが、聖堂で聞くオルガンの荘厳な音色を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。聖公会やカトリックを始めとする多くの西方教会の礼拝では、聖歌の伴奏にオルガンが用いられていますが、オルガンが教会の典礼楽器になったのは、13世紀頃のことだそうです。もともと(パイプ)オルガンの祖先は笛で、長さの異なるいくつもの管に息をふきこんで鳴らしていました。この流れを汲むオルガンは、人が声をあげて歌うことと同じように、息によって鳴る楽器と言えます。さまざまな楽器が著しく進化した今でも、オルガンを主とした奏楽が行われている一番の理由は、この音色が人の声と似た性質を持っているからでしょう。オルガンという参列者に支えられることで、会衆の歌声は重厚感や安定感を得られるのです。
私たち山手聖公会のオルガンは、聖堂同様に破壊や火災など数々の困難を経てきましたが、現在のものは2005年に設置されたパイプレスオルガン(パイプは装備しないが、電子的にパイプオルガンの音を再現するオルガン)です。早くあの美しい音色の中で、聖歌を歌いたいですね。

【5月の聖句】
★み言葉を心にいっぱいためて行きましょう。
5月の暗唱聖句は以下の通りです。
見なくても言えるように暗記しましょうね。
『見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。』
(マタイによる福音書 6章1節)


[音のボンボニエール]
ボンボニエールはキャンディ入れのこと。
圭子先生が奏でる、あまーい「音」召し上がれ!

romeojuliet
今回はイギリスのロックグループ「プロコル・ハルム」の『青い影』です。20世紀を代表する一曲とも言われ、今の日本のポップスシーンを作り上げた人たちにも大きな影響を与えました。この曲が発表された1967年頃、ベトナムで始まった戦争が泥沼化し、当事国のアメリカや間接的に関わっていた日本だけでなく、世界中の若者たちの間で、愛と平和と自由を求めるヒッピーと言われる社会運動が起きました。この曲の旋律を奏でるハモンドオルガンは、その時代を想起させる独特で深みのある音色です。Wikipediaによると、ラテン語の「プロコル・ハルム」とは、英語で「Beyond these things(これらを超えて)」の意味だそうで、若者たちが夢見た新しく開ける世界のことだったのかもしれませんね。
† 下の絵をクリックすると動画がスタートします
音のボンボニエール

[余計なこと、ひらめいた]
スタッフが感じた、どうでもいいこと書いてます。
ピコーン!

[ジャンル:イッツ・ショウタイム]
大リーグ、大谷選手の活躍でTVが楽しみ。
すごいぞ、オオタニサン!!!
打っても投げても注目の的だね。
そこで、「余計なことひらめいた!」
ピッチャーは、肩から腕を回転させて投げてるのに
どうしてボールはまっすぐ飛んで行くの?
とても不思議です。

それでは、また来週。
外出時はマスク、帰宅時は手洗いを忘れずに!!!
どうぞ健やかにお過ごしください。
教会でまたお会いしましょう。

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